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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)284号 判決 1998年10月13日

埼玉県草加市栄町2丁目4番5号

原告

三山工業株式会社

代表者代表取締役

高橋英三

訴訟代理人弁理士

萼経夫

中村壽夫

宮崎嘉夫

小野塚薫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

木村勇夫

岩野進

井上雅夫

小池隆

主文

特許庁が平成8年審判第7234号事件について平成9年9月8日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成5年4月16日、昭和61年4月26日に出願した実願昭61-63588号(以下「原出願」という。)の分割出願として、名称を「フロントガラス用結露防止装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(平成5年実用新案登録願第25334号)をしたが、平成8年4月2日拒絶査定を受けたので、同年5月2日拒絶査定不服の審判を請求し、平成8年審判第7234号事件として審理された結果、平成9年9月8日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年10月22日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

傾斜したフロントガラスの最下端部にフロントガラスから離れる方向に水平に曲げ、該水平部に開口しほぼ垂直方向に空気を噴出するデフロスタノズルを設け、該デフロスタノズルに絞り部と拡幅部とを形成し、前記水平部に設けた開口をデフロスタノズルの拡幅部とし、該水平に曲げた部分を更に垂直に曲げて、前記デフロスタノズルから噴出される空気がフロントダラスに衝突し、フロントガラスと該垂直に曲げられた部分で形成される空間内で一時的に滞留するように、フロントガラスと前記垂直に曲げた部分の頂部との間の間隙を狭くした後にフロントガラスから離れる方向に水平に曲げたインストールメントパネルを設けたことを特徴とするフロントガラス用結露防止装置。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、原出願の出願前に日本国内において頒布された刊行物である実願昭58-141582号(実開昭60-49059号)のマイクロフィルム(以下「引用例」という。)には、以下の事項が記載されているものと認められる。

「前後方向に透視可能な窓板を、窓枠部材に外側から接着固定した自動車において、下部窓枠の上縁に近接対向しこの下部窓枠に沿った間隙を形成する壁をダッシュボードに設け、前証間隙の下方には下部が広(が)った空間を前記下部窓枠とダッシュボードとで形成し、前記空間に送り込んだ風を前記間隙から窓板に当てるようにしたことを特徴とする自動車のデフロスタ装置。」(実用新案登録請求の範囲、別紙図面2参照)

「ダッシュボード20には下部窓枠12bの上縁に近接対向する壁20aが一体成形され、下部窓枠12bと壁20aとの間に窓板14に向けて開いた間隙24が形成される。またこの間隙24の下方には下部が広がった空間26が下部窓枠12bとダッシュボード20とで形成される。間隙24および空間26は窓板14の内側に沿って連続している。ダッシュボード20には空間26の底に対応する位置の下面にLアングル状の部材28が接着されて通風路30が形成され、ダッシュボード20にはこの通風路30から空間26に風を導く長い弧状の開口32が適宜の間隙をもって形成されている。」(4頁14行ないし5頁6行)

「本実施例によれば電動ファン(図示せず)などにより風が通風路30に送られ、開口32からこの風が空間26に入る。空間26はその下部が広く間隙24で絞られた形状になっているので、空間26に入った風は間隙24から均等に窓板14に向けて噴出される。また間隙24は下部窓枠12bの上縁に形成されるので、間隙24から噴出する風は窓板14の下部窓枠12b近傍から十分に当たる。このため窓板14にはその下部からむらなく風が当たり、くもり取り効果が向上する。」(5頁11行ないし20行)

(3)  引用例には、その図面の記載も参酌すると、ダッシュボードは、窓板から離れる方向に水平に曲げられ開口が設けられた水平部と、この水平に曲げた部分をさらに垂直に曲げた部分、及びこの部分より窓板から離れる方向に水平に曲げた部分とを有することが明らかにされており、また、引用例記載の「窓板」、「開口」、「ダッシュボード」は、各々前者の「フロントガラス」、「デフロスタノズル」、「インストールメントパネル」に相当するものと認められるから、引用例には、

「傾斜したフロントガラスの最下端部にフロントガラスから離れる方向に水平に曲げ、該水平部に開口しほぼ垂直方向に空気を噴出するデフロスタノズルを設け、該水平に曲げた部分を更に垂直に曲げて、前記デフロスタノズルから噴出される空気がフロントガラスに衝突し、フロントガラスと該垂直に曲げられた部分で形成される空間内で一時的に滞留するように、フロントガラスと前記垂直に曲げた部分の頂部との間の間隙を狭くした後にフロントガラスから離れる方向に水平に曲げたインストールメントパネルを設けた、フロントガラス用結露防止装置。」

の考案が記載されているものと認められる。

そこで、本願考案と引用例に記載された考案とを対比すると、本願考案のデフロスタノズルには、絞り部と拡幅部とを形成し、水平部に設けた開口をデフロスタノズルの拡幅部としているのに対し、引用例記載の考案のデフロスタノズルは、下部から上部に向けて絞られた形状となっている点で相違するが、その他の点においては一致するものと認められる。

(4)  前記相違点について検討する。

デフロスタノズルにおいて、絞り部と拡幅部とを形成し、フロントガラスに向けられた開口をデフロスタノズルの拡幅部としたものは、本願出願前に周知であるから(例えば、本願明細書に記載の従来の技術、実開昭57-135412号公報、実開昭57-138715号公報、実開昭57-57146号公報、実開昭60-176959号公報、実開昭61-24235号公報を参照)、引用例記載の考案のデフロスタノズルを、絞り部と拡幅部とを形成し、水平部に設けた開口をデフロスタノズルの拡幅部としたものにして本願考案のようにすることは、当業者が適宜なし得たものと認められる。

そして、そのようにしたことによる本願考案の効果についてみても、引用例及び前記周知事項より当業者が予測できた程度のものであり、格別のものとは認められない。

(5)  したがって、本願考案は、その原出願の出願前に日本国内において頒布された刊行物である引用例に記載された考案及び前記周知事項に基づいて、当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、審決認定の相違点があることは認めるが、その余は争う。同(4)のうち、デフロスタノズルにおいて、絞り部と拡幅部とを形成し、フロントガラスに向けられた開口をデフロスタノズルの拡幅部としたものが、本願出願前に周知であったことは認めるが、その余は争う。同(5)は争う。

審決は、引用例(甲第6号証)に記載の技術内容を誤認して一致点の認定を誤り、相違点についての判断を誤り、かつ、本願考案の作用効果についての判断を誤って、本願考案の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  引用例の誤認と一致点の認定の誤り(取消事由1)

<1> 審決は、「引用例には、その図面の記載も参酌すると、ダッシュボードは、窓板から離れる方向に水平に曲げられ開口が設けられた水平部と、この水平に曲げた部分をさらに垂直に曲げた部分、及びこの部分より窓板から離れる方向に水平に曲げた部分とを有することが明らかにされており、」(甲第1号証5頁10行ないし15行)と認定しているが、この認定事項のうち、「この水平に曲げた部分をさらに垂直に曲げた部分」との点は誤りである。

引用例(甲第6号証)の図面、特に第3図の記載をみると、「ダッシュボード20」は「垂直に曲げた部分」を有しておらず、「この水平に曲げた部分をさらに窓板14から離れる方向に斜め上方に曲げた壁20a」を有していることは明らかである。

<2> 審決は、引用例記載の「空間26」について、本願考案と同じように、「フロントガラスと該垂直に曲げられた部分で形成される空間」(甲第1号証6頁5行、6行)と認定しているが、誤りである。

引用例の実用新案登録請求の範囲に、「前記間隙の下方には下部が広(が)った空間を前記下部窓枠とダッシュボードとで形成し」と記載されているように、引用例記載の「空間26」は「下部窓枠12b」と「ダッシュボード20」とで形成されており、本願考案のような「フロントガラスと該垂直に曲げられた部分で形成される空間」を構成していないことは明らかである。

<3> 審決は、引用例記載の考案について、「デフロスタノズルから噴出される空気がフロントガラスに衝突」(甲第1号証6頁4行、5行)すると認定しているが、誤りである。

引用例記載の「空間26」は「下部窓枠12b」と「ダッシュボード20」とで形成されているので、引用例記載の考案の「開口32から噴出される風」は、まず「下部窓枠12b」に衝突し、その後、「間隙24から噴出する風」が「窓板14」に当たることになり、「開口32から噴出される風」は直接「窓板14」に衝突しないことは明らかである。

<4> したがって、本願考案と引用例記載の考案とは、審決認定の相違点以外の点で一致するとした審決の認定は誤りである。

(2)  相違点についての判断の誤り(取消事由2)

審決が、「デフロスタノズルにおいて、絞り部と拡幅部とを形成し、フロントガラスに向けられた開口をデフロスタノズルの拡幅部としたものは、本願出願前に周知である」ことの根拠として挙示した実開昭57-135412号公報(甲第7号証)、実開昭57-138715号公報(甲第8号証)、実開昭57-57146号公報(甲第9号証)、実開昭60-176959号公報(甲第10号証)、実開昭61-24235号公報(甲第11号証)の各図面に記載された「デフロスタノズル」は絞り部と拡幅部とを形成し、フロントガラスに向けられた開口をデフロスタノズルの拡幅部としているが、上記甲各号証には、デフロスタノズルについて単に図面で開示しているだけであり、デフロスタノズルに絞り部と拡幅部とを形成し、フロントガラスに向けられた開口をデフロスタノズルの拡幅部とすることにより、フロントガラスに対して具体的にどのような空気(温風)の流れが生じるのかについては明記されていない。

まして、上記甲各号証には、本願考案のような特定の形状を有するインストールメントパネル(特に、水平に曲げた部分を更に垂直に曲げている)と、絞り部と拡幅部とを形成しインストールメントパネルの水平部に設けた開口を拡幅部としているデフロスタノズルとを組み合わせることについては何ら記載されていない。

したがって、上記甲各号証に記載されたデフロスタノズルが、絞り部と拡幅部とを形成し、フロントガラスに向けられた開口をデフロスタノズルの拡幅部としているだけの構成でもって、本願考案の「デフロスタノズル」を想到できるとした審決の判断は誤りである。

(3)  作用効果についての判断の誤り(取消事由3)

本願考案は、「絞り部から吹き出された空気の流速は、拡幅部である程度減速され、この拡幅部から噴出された速度エネルギによって、激しくフロントガラスに衝突させることにより、フロントガラスに沿って流れる一部の空気の流れと、フロントガラスの最下端に向かって流れる一部の空気の流れを発生させ、これにより空間内に乱流を起こさせて空間内に空気を一時滞留させ、フロントガラスの最下端に接触した一部の空気を、フロントガラスに沿って流れている気流に乗せて、狭くされた空気出口からデフロスタノズル相互間にも分散され、フロントガラスのほぼ全面に空気を当てることが可能となる」(甲第5号証3頁7行ないし14行)、「前記絞り部で流速を速くして拡幅部に流出させ、拡幅部から流出する温風の速度エネルギを利用して、フロントガラスに激しく衝突させて、フロントガラスに沿って流れる温風とフロントガラスの最下端に流れる温風の流れを発生させることにより、空間内で乱流を起こさせて一時的に滞留(す)るようにし、フロントガラスに沿って流れている気流に乗せて、垂直に曲げた部分の頂部との間の間隙を狭くした噴出口から空気を噴出するようにしたので、フロントガラスの最下端部の霜や結露の発生を防止した後に、デフロスタノズル相互間にも温風を接触させて霜や結露の発生を防止し、フロントガラスの最下端からほぼ全面にわたって、霜や結露の発生を防止することができる。」(同5頁14行ないし22行)という、引用例記載の考案からは期待できない特有の作用効果を奏するものであるから、審決の作用効果についての判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

<1> 引用例(甲第6号証)において、「この水平に曲げた部分をさらに垂直に曲げた部分」と明記されていないことは認める。

しかし、引用例には、「ダッシュボード20には下部窓枠12bの上縁に近接対向する壁20aが一体成形され、下部窓枠12bと壁20aとの間に窓板14に向けて開いた間隙24が形成される。またこの間隙24の下方には下部が広がった空間26が下部窓枠12bとダッシュボード20とで形成される。」(4頁14行ないし19行)と記載されており、また、「下部窓枠の上縁に近接対向しこの下部窓枠に沿った間隙を形成する壁をダッシュボードに設け、前記間隙の下方には下部が広(が)った空間を前記下部窓枠とダッシュボードとで形成し、前記空間に送り込んだ風を前記間隙から窓板に当てるようにした」(実用新案登録請求の範囲)の記載、及び「本実施例によれば電動ファン(図示せず)などにより風が通風路30に送られ、開口32からこの風が空間26に入る。空間26はその下部が広く間隙24で絞られた形状になっているので、空間26に入った風は間隙24から均等に窓板14に向けて噴出される。また間隙24は下部窓枠12bの上縁に形成されるので、間隙24から噴出する風は窓板14の下部窓枠12b近傍から十分に当たる。このため窓板14にはその下部からむらなく風が当たり、くもり取り効果が向上する。」(5頁11行ないし末行)の記載からみて、「壁20a」の傾きは、第3図(別紙図面2参照)に示されるように傾斜しているものに限定しなければならないとする理由はなく、「壁20a」として垂直のものでもよいことは明らかであり、審決のこの点に関する認定に誤りはない。

<2> 引用例記載の「空間26」は下部窓枠12bとダッシュボード20とで形成されており、この下部窓枠12bは、ボデーを単に合成樹脂製にしたために第3図のような広い面積を占めるものになったにすぎないものと考えられ、デフロスタ装置においての格別の機能はなく、この下部窓枠12bの有無により、空間26の存在意義が異なったものになるものではない。

そして、自動車においては、広い面積の下部窓枠を有しない構造のものの方がむしろ普通であって、引用例の記載をみれば、この下部窓枠12bを省略して、「空間26」を「フロントガラスと該垂直に曲げられた部分で形成される空間」としても、デフロスタ装置として何ら異なるものでないことは当業者に自明のことであるから、引用例には、「フロントガラスと該垂直に曲げられた部分で形成される空間」が実質的に開示されているものである。

したがって、審決が、引用例記載の「空間26」について「フロントガラスと該垂直に曲げられた部分で形成される空間」と認定したことに誤りはない。

<3> デフロスタノズルから噴出される空気が、フロントガラスに衝突するか、あるいは下部窓枠12bに衝突するかは、その効果に格別の差異をもたらすものではない。

そして、自動車において、このような下部窓枠12bを有しない構造のものは、前述のように、ごく普通のものであるから、そのようなものとすれば、デフロスタノズルから噴出される空気が直接フロントガラスに衝突することになることは当然のことである。

したがって、審決が、引用例記載の考案について、「デフロスタノズルから噴出される空気がフロントガラスに衝突」すると認定したことに誤りはない。

<4> したがって、審決の一致点の認定についても誤りはない。

(2)  取消事由2について

甲7号証ないし甲第11号証には、自動車において、デフロスタノズルに絞り部と拡幅部とを形成し、フロントガラスに向けられた開口をデフロスタノズルの拡幅部としたものが記載されており、しかも、これが周知のものであってみれば、このようなものにおいて、フロントガラスに対して具体的にどのような空気(温風)の流れが生じるのかについては、当業者にとって明らかである。

そして、引用例記載の考案において、デフロスタノズルとして、このようなものが採用できないとする特別の理由はないのであるから、このようなデフロスタノズルを採用することは、当業者が適宜になし得ることである。

したがって、審決の相違点についての判断に誤りはない。

(3)  取消事由3について

本願明細書に「絞り部から吹き出された空気の流速は、拡幅部である程度減速され、この拡幅部から噴出された速度エネルギによって、激しくフロントガラスに衝突させる」、「絞り部で流速を速くして拡幅部に流出させ、拡幅部から流出する温風の速度エネルギを利用して、フロントガラスに激しく衝突させて」と記載されてように、空気(温風)の流速は単にノズルの形状だけで定まるものではない。

また、本願明細書中の「この拡幅部から噴出された速度エネルギによって、激しくフロントガラスに衝突させることにより、フロントガラスに沿って流れる一部の空気の流れと、フロントガラスの最下端に向かって流れる一部の空気の流れを発生させ、これにより空間内に乱流を起こさせて空間内に空気を一時滞留させ、フロントガラスの最下端に接触した一部の空気を、フロントガラスに沿って流れている気流に乗せて、狭くされた空気出口からデフロスタノズル相互間にも分散され、フロントガラスのほぼ全面に空気を当てることが可能となる」との記載、及び「拡幅部から流出する温風の速度エネルギを利用して、フロントガラスに激しく衝突させて、フロントガラスに沿って流れる温風とフロントガラスの最下端に流れる温風の流れを発生させることにより、空間内で乱流を起こさせて一時的に滞留(す)るようにし、フロントガラスに沿って流れている気流に乗せて、垂直に曲げた部分の頂部との間の間隔を狭くした噴出口から空気を噴出するようにした」との記載についてみると、空気を引用例記載の下部窓枠12bに衝突させないで、フロントガラスに衝突させたから、また、空気の流速を速くしたから、そのような流れになるというものではなく、主として「空間」の形状によるものであるから、引用例に記載された考案においても、同様な「空間」の形状を採用している以上、そのような作用効果は同様にいえることである。

さらに、本願明細書中の「水平に曲げた部分を更に垂直に曲げ」との記載、及び「垂直に曲げた部分の頂部との間の間隙を狭くした」との記載についてみても、厳密に「垂直に」曲げたから、そのような流れになるものでないことは、本願明細書の全体的な記載及び引用例の記載に照らして明らかである。しかも、引用例記載の考案は、前記のとおり、「壁20a」として、「垂直に」曲げたものを除外するものではないから、この点により本願考案と引用例記載の考案とが相違するものとはいえない。

したがって、原告主張の本願考案の作用効果は格別のものとはいえず、審決の判断に誤りはない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願考案の要旨)、3(審決の理由の要点の記載)、審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項)、及び同(3)のうち、本願考案と引用例記載の考案との間に審決認定の相違点があることについては、当事者間に争いがない。

2  本願考案の概要

甲第2号証ないし甲第5号証によれば、本願明細書には次の各記載があることが認められる。

(1)  【考案が解決しようとする課題】

「本考案は・・・フロントガラスの結露現象および凍氷現象は表面温度が低い最下端側縁部から発生することに着目しフロントガラスへの温風供給位置をフロントガラスとインストールメントパネルとの間の空間部にすると共に、デフロスタノズル同士の間にも空気が行きわたるようにして、フロントガラスのほぼ全面にわたり結露などの発生を防止して運転者の視界に支障を来さないようにした結露防止装置を提供するものである。」(甲第2号証2頁の【0007】)

(2)  【課題を解決するための手段】

「本考案の手段は、傾斜したフロントガラスの最下端部にフロントガラスから離れる方向に水平に曲げ、該水平部に開口しほぼ垂直方向に空気を噴出するデフロスタノズルを設け、該デフロスタノズルに絞り部と拡幅部とを形成し、前記水平部に設けた開口をデフロスタノズルの拡幅部とし、該水平に曲げた部分を更に垂直に曲げて、前記デフロスタノズルから噴出される空気がフロントガラスに衝突し、フロントガラスと該垂直に曲げられた部分で形成される空間内で一時的に滯留するように、フロントガラスと前記垂直に曲げた部分の頂部との間の間隙を狭くした後にフロントガラスから離れる方向に水平に曲げたインストールメントパネルを設けたことを特徴とする。」(甲第5号証2頁の【0008】)

(3)  【考案の効果】

「本考案によれば、傾斜したフロントガラスの最下端部にフロントガラスから離れる方向に水平に曲げ、この水平部に開口しほぼ垂直方向に空気を噴出する、絞り部と拡幅部を形成したデフロスタノズルを設け、この水平に曲げた部分を更に垂直に曲げ、フロントガラスと前記垂直に曲げた部分の頂部との間の間隙を狭くした後にフロントガラスから離れる方向に水平に曲げたインストールメントパネルにし、前記絞り部で流速を速くして拡幅部に流出させ、拡幅部から流出する温風の速度エネルギを利用して、フロントガラスに激しく衝突させて、フロントガラスに沿って流れる温風とフロントガラスの最下端に流れる温風の流れを発生させることにより、空間内で乱流を起こさせて一時的に滞留(す)るようにし、フロントガラスに沿って流れている気流に乗せて、垂直に曲げた部分の頂部との間の間隙を狭くした噴出口から空気を噴出するようにしたので、フロントガラスの最下端部の霜や結露の発生を防止した後に、デフロスタノズル相互間にも温風を接触させて霜や結露の発生を防止し、フロントガラスの最下端からほぼ全面にわたって、霜や結露の発生を防止することができる。また、例えフロントガラスの最下端部の霜や結露の除去が残存したとしても、フロントガラスと垂直に曲げた部分の頂部との間の間隙を狭くしていることから、フロントガラスの最下端部は見えず、かつ、この狭い部分は確実に温風が流れて霜や結露が発生しないことから、運転者の視界を妨げることはない。」(甲第5号証5頁の【0014】)

3  取消事由1(引用例の誤認と一致点の認定の誤り)について

(1)  引用例(甲第6号証)に、審決摘示のとおり、「前後方向に透視可能な窓板を、窓枠部材に外側から接着固定した自動車において、下部窓枠の上縁に近接対向しこの下部窓枠に沿った間隙を形成する壁をダッシュボードに設け、前記間隙の下方には下部が広(が)った空間を前記下部窓枠とダッシュボードとで形成し、前記空間に送り込んだ風を前記間隙から窓板に当てるようにしたことを特徴とする自動車のデフロスタ装置。」(実用新案登録請求の範囲)、「ダッシュボード20には下部窓枠12bの上縁に近接対向する壁20aが一体成形され、下部窓枠12bと壁20aとの間に窓板14に向けて開いた間隙24が形成される。またこの間隙24の下方には下部が広がった空間26が下部窓枠12bとダッシュボード20とで形成される。間隙24および空間26は窓板14の内側に沿って連続している。ダッシュボード20には空間26の底に対応する位置の下面にLアングル状の部材28が接着されて通風路30が形成され、ダッシュボード20にはこの通風路30から空間26に風を導く長い弧状の開口32が適宜の間隙をもって形成されている。」(4頁14行ないし5頁6行)、「本実施例によれば電動ファン(図示せず)などにより風が通風路30に送られ、開口32からこの風が空間26に入る。空間26はその下部が広く間隙24で絞られた形状になっているので、空間26に入った風は間隙24から均等に窓板14に向けて噴出される。また間隙24は下部窓枠12bの上縁に形成されるので、間隙24から噴出する風は窓板14の下部窓枠12b近傍から十分に当たる。このため窓板14にはその下部からむらなく風が当たり、くもり取り効果が向上する。」(5頁11行ないし20行)と記載されていることは、上記1に説示のとおり、当事者間に争いがない。

上記各記載のとおり、引用例記載の考案においては、下部窓枠12bと壁20aとの間に窓板14に向けて開いた間隙24が形成され、間隙24の下方には下部が広がった空間26が下部窓枠12bとダッシュボード20とで形成されるものである。そして、引用例記載の「窓板」、「開口」は、本願考案の「フロントガラス」、「デフロスタノズル」にそれぞれ相当するものと認められる。

ところで、引用例の上記各記載と図面第3図によれば、引用例記載の考案においては、下部窓枠12bの外側に窓板14が接着されていて、下部窓枠12bと窓板(フロントガラス)14とは別体のものであり、空間26は下部窓枠12bとダッシュボード20とで形成されていることから、開口32(デフロスタノズル)から噴出される風(空気)は下部窓枠12bに衝突し、その後、間隙24から噴出する風が窓板14に当たるのであって、開口32から噴出される風が窓板14には直接衝突しないことが認められる。

したがって、審決が、引用例記載の考案について、「デフロスタノズルから噴出される空気がフロントガラスに衝突し、」(甲第1号証4行、5行)とした認定は誤りであるといわざるを得ない。

(2)  被告は、デフロスタノズルから噴出される空気が、フロントガラスに衝突するか、あるいは下部窓枠12bに衝突するかは、その効果に格別の差異をもたらすものではなく、また、自動車において、下部窓枠12bを有しない構造のものはごく普通であるから、そのようなものとすれば、デフロスタノズルから噴出される空気が直接フロントガラスに衝突することになることは当然であるとして、審決が、引用例記載の考案について、「デフロスタノズルから噴出される空気がフロントガラスに衝突」すると認定したことに誤りはない旨主張する。

しかしながら、デフロスタノズルから噴出される空気が、フロントガラスに衝突するか、あるいは下部窓枠12bに衝突するかによって、その効果に格別の差異をもたらすものではないということを肯認すべき証拠は見いだし難い。そして、自動車において、下部窓枠を有しない構造のものが普通であるとしても、本願考案と対比される引用例に記載の考案においては、下部窓枠は窓板を接着支持するものとして省略することができないものであるから、これを省略することを前提とする審決の認定は誤りである。

したがって、被告の上記主張は採用することはできない。

(3)  上記のとおり、審決が、引用例託載の考案について、「デフロスタノズルから噴出される空気がフロントガラスに衝突」するものとした認定は誤りであり、したがって、この認定を前提とする一致点の認定も誤りというべきである。

そして、前記2に認定の本願明細書の記載内容に照らしても、上記認定の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものと認められるから、原告主張の取消事由1は理由があり、その余の取消事由について検討するまでもなく、審決は取消しを免れない。

4  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成10年9月24日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

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